【上編】「40年でオイルが枯渇するなら大問題だ」——バックパッカー青年が描くLCA戦略
<プロローグ>
旭化成、デンソー、日本製鉄——日本を代表する16社の研究者たちが月1回集まり、2050年のカーボンニュートラル社会に向けた現実的なシナリオを議論している。業界の垣根を超えた異例のプロジェクト「UTLCA(未来戦略LCA連携研究機構)」。その旗を振る一人が、東京大学の醍醐市朗教授だ。
従来の環境評価手法LCAの限界を打破し、「先制的LCA」という革新的アプローチで産業界の未来設計に挑む醍醐教授。その研究人生の原点には、意外にも素朴すぎる危機感があった。

「40年でオイルが枯渇するなら大問題だと思いました。もっと言えば、40年後に問題視されるのではなく、もっと早く、20年後にはシリアスな問題になり、戦争も起こり得る。では活躍の場は自衛隊かなと真面目に考えていました」。
今振り返れば「非常にバカな話かもしれない」と醍醐教授は苦笑いするが、学生時代に抱いたこの素朴すぎる危機感こそが、後の環境研究への原動力となった。もう一つの原体験は、バックパッカー時代にある。都市部を避け、世界各地の田舎を巡り歩く中で、「なんとなく、それを残したいと思っていた」と当時を振り返る。景色や文化との出会いが、地球規模の環境問題への関心を育んだ。
金属材料を専門とする大学4年生の時、京都議定書が採択された京都にいたことも一つの転機だった。「進学した大学院の研究室では、金属の専門性に加えて環境分野のテーマも扱っていました。そこで環境問題に興味を持ち、金属と環境の両方にまたがる領域で研究を始めることになったのです」と醍醐教授は当時を回想する。
10年間の回り道が生んだ独自の学術基盤
材料のLCAを始めようとした醍醐教授を待っていたのは、想定外の困難だった。「材料は使い捨てではなく何度もリサイクルされるため、その環境負荷を正しく評価するには『社会全体でどれだけ流通し、蓄積されているか』を知る必要がありました。ただ、そのデータが全然足りなかったのです」。
ここで醍醐教授は茨の道を選択する。データ不足で研究を断念したり、既存データで妥協したりせず、必要なデータを自ら作り出すという困難な道へ進むことになった。それがマテリアルフロー分析(MFA)——物質が社会の中をどう流れ、蓄積されるかを追跡する研究手法である。「なかなかLCAに帰ってこなかった」と振り返るように、10年という長期間、この新領域にどっぷりと浸かった。
「MFAという学術分野をある種作ってきたという自負もある」と醍醐教授はこう語る。金属がどれだけ採掘され、製品として使われ、廃棄され、リサイクルされるのか。この物質の流れ(フロー)と社会への蓄積(ストック)を把握するMFAの研究に没頭した結果だった。
「10年間の研究を経て、材料のフローや社会へのストック、そしてリサイクルの流れもある程度把握できるようになりました。そこでようやく、MFAで得た知見を活用して、最初に目指していたLCA研究に戻ることができたのです」。この10年間の「回り道」こそが、後の革新的アプローチの基盤となった。必要なら新しい学術分野まで開拓する——この姿勢が醍醐教授の研究哲学を物語っている。

東京大学の先駆的な気候変動コミット
2021年、東京大学は日本の大学として初めてRace to Zeroキャンペーンに参加した。醍醐教授は参加の背景について、「東京大学はUTokyo Compassという大学の基本方針を掲げていて、その中で『世界の公共性に奉仕する総合大学』ということを謳っている」と説明する。
「地球規模の課題の中でも環境問題は大きな柱の一つ」として、気候変動問題に大学として積極的に取り組む姿勢を示したのがRace to Zero参加の背景だった。
東京大学は2030年に50%削減、2040年に75%削減、2050年に100%削減という野心的な目標を掲げている。「この目標は大学執行部がトップダウンで決めたもの」と醍醐教授は述べつつ、「重要なのはこうして決められた目標をどうやって実際に達成していくかということ。これは非常に大きな課題です」と実現への道筋の困難さを率直に語った。
エピローグ
石油枯渇への素朴な危機感から始まった青年の探究心は、10年にわたる学術基盤の構築を経て、ついに本格的なLCA研究へと回帰した。この確固たる学術的土台が、やがて日本の産業界全体を変革する壮大なプロジェクトの礎となろうとしている。
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【シンポジウム情報】
第3回未来戦略LCA連携研究機構シンポジウム:2025年10月8日開催予定
来る10月8日(水)、第3回 未来戦略LCA連携研究機構シンポジウムを開催します。向かうべき未来とそこに到達するための未来戦略の立案に資する「先制的LCA」に対して考えが深められる機会になるような講演を企画しました。あわせて、先制的LCA社会連携研究部門の取り組みを報告をいたします。皆さまのご参加を楽しみにお待ちしています。
◆概要
– 開催日時:2025年10月8日(水)13:30~17:10(13:00開場)
– 開催会場:東京大学 駒場IIキャンパス ENEOSホール(先端科学技術研究センター 3号館南棟1階)
【中編】Scope3の衝撃と大学調達の未来——総量制約が見えたカーボンニュートラル
【下編】先制的LCAで描く産業界の未来設計——制約だらけの2050年シナリオ