【中編】Scope3の衝撃と大学調達の未来——総量制約が見えたカーボンニュートラル
【中編】Scope3の衝撃と大学調達の未来——総量制約が見えたカーボンニュートラル

<プロローグ>

 東京大学がRace to Zeroに参加し、野心的なカーボンニュートラル目標を掲げた。しかし、トップダウンで決められた目標を実際に達成するには、現実的な課題が山積していた。特にScope3の算定作業で明らかになった数字は、関係者に大きな衝撃を与えることになる。一方、技術開発現場では、将来技術の環境効果を評価する新たな手法への需要が高まっていた。

Scope3算定で見えた現実

 醍醐准教授はじめ、東京大学のGHG排出量算定に取り組んだ教員で構成されるプロジェクトチームのメンバーも、その結果に驚きを隠さない。「正直、Scope3がここまで大きな数値になるとは想定していませんでした。これが最初の率直な印象です」と振り返る。

 しかし、算定作業で直面した課題は規模の話だけではなかった。データ収集そのものの複雑さが大きな壁となったのだ。「そもそも、どんなデータがどこまで詳細に記録されているかが、実際に帳票を見なければ分からない状況でした。旅費の執行に関するデータはこういう形式、物品購入はまた別の形式、しかもシステムが全然違うといったことが起こっていたのです」と醍醐准教授は当時の困難を説明する。

 この課題の解決にTCO2株式会社が取り組んだ。「明確な解のないような難しい仕事を、一緒に考えていただけるパートナーが必要でした。単にデータを投げて作業をお願いするのではなく、どうしたらScope3を適切に算定できるかを一緒に考えていただく必要があったのです」と醍醐准教授は語る。

 プロジェクトでは多岐にわたる物品購入データの分析や、異なるシステム間での情報統合など、標準的な算定では対応できない課題が浮上した。金額データから物量データへの切り替えも困難で、会計処理用システムから環境負荷算定に必要な情報を抽出する作業は複雑を極めた。「TCO2さんと議論を重ねることで、適切な算定方法を見つけることができました」。

 この算定作業で浮き彫りになったのは、大学という組織の複雑さだ。「大学では物品購入を含めて、あらゆる意思決定が研究室単位で行われています。そうなると、各研究室に環境に配慮した製品を選んでもらうようになるには、一体どうすればいいのか。これは非常に難しい問題です」。分散した意思決定構造が環境配慮型調達の実現を困難にしている実情について、醍醐准教授は率直に語った。

 さらに醍醐准教授は、大学特有の調達品目について興味深い指摘をする。「大学では実験器具や試薬類など、一般消費者が購入しないような特殊な製品を数多く調達しています。しかし、こうした製品分野では環境配慮型の選択肢がほとんど用意されていないのが現状です」。

 一方で、大学の調達力への期待も醍醐准教授は示す。「東大のような大学が『環境配慮製品を調達したい』という明確な意思を示せば、サプライヤー側もそれに応える製品開発を進めるようになるでしょう。そうした製品が市場に流通するようになれば理想的です」として、大学の社会的影響力を活用した市場変革の可能性を示唆した。

UTLCA設立——縦割り最適化からの脱却

 2023年、醍醐准教授が旗振り役の一人となって立ち上げた「UTLCA(未来戦略LCA連携研究機構)」。その背景には、研究予算申請での新たな要求があった。「新しい技術開発プロジェクトを提案する際に、『CO2削減効果』『省エネ効果』『水素社会への貢献度』といったものを定量的に示すことが求められるようになっていました。つまり、その技術があったらどれだけCO2を削減できるか計算しなさい、と言われるようになったのです」。

 しかし、その算定は容易ではない。「真剣に考えれば考えるほど、計算方法が分からなくなってしまいます。現在の原単位で計算すべきなのか、それとも技術が実用化される将来の条件で計算すべきなのか。さらに言えば、ラボレベルで実現した技術も、将来の商用化時にはもっと効率が改善されているはずです。こうしたことまで考え始めると、もう誰にも正解が分からない状況でした」。

 この課題を解決するために「将来技術を評価するための手法論」が必要だと醍醐准教授らは考えた。しかし、従来のように1社や2社との個別共同研究では限界がある。なぜなら、真のライフサイクル評価には、材料から最終製品、リサイクルまでのすべての段階を網羅する必要があるからだ。

 UTLCAの特徴は、業界横断の産学連携にある。旭化成、デンソー、日本製鉄など16社が参画し、「ライフサイクル全体をカバーするすべての業界が、この16社の中で揃っているということを非常に誇りに思っています」と醍醐准教授はその意義を強調する。

 「材料メーカーだけでもダメ、部品メーカーだけでもダメ、最終製品メーカーだけでもダメ、リサイクル業者だけでもダメなのです。ライフサイクル全体に関わる全員が知恵を出し合わないと、真のライフサイクル評価はできません」。この思想がUTLCAの核心にある。

月1回の真剣勝負

 16社による議論は「最低でも月1回」の頻度で行われる。「正直、参加企業の皆さんには相当な負担をおかけしています」と認めながらも、その成果を醍醐准教授は実感している。「2年半にわたって最低月1回、多い時は月2回のペースで議論を続けてきた結果、ようやく皆さんの思いに沿うような将来シナリオが少しずつ見えてきました。そして、様々な制約がどこにあるのか、何を重視すべきなのかも、2年半経ってようやく明らかになってきたと感じています」。

 議論の内容について醍醐准教授はこう説明する。「各参加企業が『2050年にはこれくらいの生産量を維持する予定』という将来予測を持ち寄って、それを議論の出発点にしています」。日本の人口減少を踏まえつつ、現実的な生産規模を前提として、カーボンニュートラルを実現する道筋を探っている。

 <エピローグ>

 Scope3算定で浮き彫りになった大学組織の複雑さと、技術開発現場での評価手法への切実な需要。それぞれ異なる現場から生まれた課題に対して、醍醐准教授は業界の垣根を超えた異例の産学連携プラットフォームUTLCAで立ち向かおうとしている。東京大学の研究者たちと16社の企業が手を携え、誰もが手をつけられずにいた未来設計という難題に果敢に挑戦する姿がそこにはある。


【シンポジウム情報】 第3回未来戦略LCA連携研究機構シンポジウム

来る10月8日(水)、第3回 未来戦略LCA連携研究機構シンポジウムが開催されます。向かうべき未来とそこに到達するための未来戦略の立案に資する「先制的LCA」に対して考えが深められる機会になるような講演会とのことです。

– 開催日時:2025年10月8日(水)13:30~17:10(13:00開場) – 開催会場:東京大学 駒場IIキャンパス ENEOSホール(先端科学技術研究センター 3号館南棟1階)

学会記事 未来志向のLCAが目指すもの、展望と課題

LCA関連の用語集

カーボンフットプリントやLCA関連の用語集。
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