<プロローグ>
UTLCAでの2年半にわたる議論を通じて、醍醐准教授は従来のLCA手法の限界を痛感していた。過去の実績を評価する従来手法では、未来技術の真の価値を測ることはできない。そこで提唱されたのが「先制的LCA(Pre-emptive LCA)」という革新的なアプローチだった。理想と現実の制約を統合し、産業界全体の未来設計を可能にする新たな評価手法への挑戦が始まった。

先制的LCAがLCAを進化させる
醍醐准教授らが提唱する「先制的LCA(Pre-emptive LCA)」は、従来のLCA手法を根本から変える可能性を秘めている。「従来の帰属的LCA(Attributional LCA)は過去の状態確認に留まっていました。現在研究が活性化している将来的LCA(Prospective LCA)が未来の特定条件下での推測的なLCAである中で、先制的LCAは将来設計を可能にします」と醍醐准教授はその違いを明確にする。
この革新的手法は、醍醐准教授がLCA学会誌に発表した論文「未来志向のLCAが目指すもの、展望と課題」でも詳細に論じられている。フォアグラウンドデータとバックグラウンドデータの双方向検討を同時に扱い、従来の一方向的評価を根本から変革するアプローチだ。
先制的LCAの特徴は、評価者が理想とする将来シナリオを構築し、その実現可能性を現実的な制約と照らし合わせながら双方向で検討する点にある。
「この技術が本当に優れているということを定量的に証明するには、『こういう将来社会であれば、確かにこの技術は効果的ですよ』ということを示す将来シナリオとセットで提示する必要があります」として、評価対象の技術に最適な未来シナリオを構築するアプローチを醍醐准教授は提案している。
「従来の将来的LCAのように、『将来はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のSSP(共通社会経済経路)シナリオ通りになります。そのシナリオからバックグラウンドデータを作って評価します』というやり方では、結果から将来像に戻って修正することができません」。従来の一方向的な評価ではなく、双方向の検討を可能にするのが先制的LCAの革新性だ。
将来データベース構築への挑戦
先制的LCAの実現には、従来とは全く異なる将来志向のデータベースが必要となる。この課題に対して、醍醐准教授はTCO2株式会社との協働プロジェクトを通じて、将来データベース構築に取り組んできた。
「将来の電力原単位を作ろうとすると、電源構成の変化だけでなく、各電源の技術進歩も考慮する必要があります。さらに、太陽光パネルを設置するためのアルミ材料の原単位も将来は変わっているはずです」と醍醐准教授は構築の複雑さを指摘する。「本来なら、将来シナリオから原単位まで一気に作り込んで、全体に波及させる必要があるのです」。
協働プロジェクトでは、将来エネルギーデータベースの構築、水素価格の設定、バイオプラスチック生産技術の調査など、具体的な将来データの整備を進めてきた。しかし、技術的な課題は大きい。「どこまで考慮するか、どこで『割り切る』かの判断基準が重要になります。厳密にやろうとすると、すべての要素を考慮しなければならず、膨大な作業になってしまいます」。
醍醐准教授が重視するのは、評価者が描いた理想的な将来シナリオを、迅速にデータベースに反映できる仕組みの構築だ。「未来のシナリオを描くのは比較的簡単だが、それをLCA計算に使えるデータベースに落とし込む作業が非常に困難で、その方法論が整備されていない。」として、この分野での更なる研究の必要性を示唆している。

UTLCAが描く現実的な2050年
UTLCAでの議論は、理想論ではなく現実的な制約を徹底的に検討することから始まる。「水素をどれだけ使う必要があるのか、再生可能エネルギーをどれだけ確保しなければならないのか。しかし、これらにはそれぞれ供給制約があります。水素の制約を避けようとして再生可能エネルギーに頼ろうとしても、再生可能エネルギーにも制約がある。それなら今度はバイオマスに、といった具合です」と、各業界の制約条件を醍醐准教授は詳細に検討している。
興味深いのは、業界間の物質循環まで考慮していることだ。「例えば、鉄鋼業が排出するCO2は化学業界の原料になります。お互いの将来計画を組み合わせて、全体の物質フローを描く作業になるのです。化学業界が製造した炭化水素燃料が、今度は自動車業界の燃料として使われるかもしれません」。
UTLCAの最大の価値は、業界横断での議論により、これまで見えなかった矛盾を浮き彫りにすることだ。「これまで各業界は言いっぱなしでしたが、隣の業界の計画と突き合わせてみると矛盾が明らかになります」と醍醐准教授はこう分析する。例えば、自動車業界が「カーボンニュートラル燃料で走る」と主張しても、実際にその燃料を供給する化学業界が「そんな燃料は大量生産できません」と現実的制約を提示する場面が生まれるのだ。
そして醍醐准教授は現実を冷静に見つめる。「すべての制約をクリアしながら、同時にカーボンニュートラルも達成できるような理想的な将来など描けるはずがありません」。しかし、だからこそ真に実用的な未来シナリオが生まれると確信している。
LCAの品質管理への警鐘
インタビューの最後、醍醐准教授はLCA業界全体への懸念を示した。「猫も杓子もLCAの計算をし始めているのが今だと思います。当然ながら、その現状においては、様々なクオリティのLCAの結果が世の中に流通している」と現状を分析し、「過渡期には仕方がないことだとは思うんですけど、しっかりクオリティを担保しなければ、やがて『LCAは使えない手法だ』と思われてしまう恐れがある」と品質管理の重要性を強調した。
「TCO2のアウトプットはクオリティが他よりも高い。クオリティコントロールになっていただきたい」。醍醐准教授は産業界のパートナーへの期待を語った。また、「LCAはアカウンティングツールだから、数字とデータベースがあれば計算はできます。しかし、評価対象のプロセスで実際に何が起こっているのかを理解していなければ、適切な算定は困難です」として、LCAに取り組む人材への助言も醍醐准教授は忘れない。
「LCAに興味を持っていただくことは歓迎ですが、その前に、ライフサイクルの各段階で起こっている現象そのものに興味を持っていただきたい。それがあってこそのLCAだと考えています」。この言葉に、醍醐准教授の学術者としての真摯な姿勢が表れている。
<エピローグ>
制約だらけの現実に直面しながらも、UTLCAでの議論は着実に成果を上げている。16社の企業と東京大学の研究者たちが手を携えた異例の産学連携は、従来の縦割りでは見えなかった新たな可能性を次々と発見している。先制的LCAという革新的な手法によって、これまで評価できなかった未来技術の真価が明らかになり始めている。
日本企業が得意とする現場の深い理解と改善力、それに醍醐准教授が築き上げた学術基盤が融合することで、世界に先駆けた産業変革のモデルが生まれようとしている。制約を乗り越える知恵は、制約を知り尽くした者たちの中から生まれる。醍醐准教授の挑戦は、日本発の持続可能な未来への確かな道筋を照らし始めている。
<全頁一覧>
【前編】「40年でオイルが枯渇するなら大問題だ」——バックパッカー青年が描くLCA戦略
【中編】Scope3の衝撃と大学調達の未来——総量制約が見えたカーボンニュートラル
【後編】先制的LCAで描く産業界の未来設計——制約だらけの2050年シナリオ
【シンポジウム情報】 第3回未来戦略LCA連携研究機構シンポジウム
来る10月8日(水)、第3回 未来戦略LCA連携研究機構シンポジウムが開催されます。向かうべき未来とそこに到達するための未来戦略の立案に資する「先制的LCA」に対して考えが深められる機会になるような講演会とのことです。
– 開催日時:2025年10月8日(水)13:30~17:10(13:00開場) – 開催会場:東京大学 駒場IIキャンパス ENEOSホール(先端科学技術研究センター 3号館南棟1階)
【学会記事】 未来志向のLCAが目指すもの、展望と課題